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HOME > 国際日本研究専攻とは > イベント用カレンダー > 公開講座:異文化の視点から見る日本 (クールジャパン)の受講者からのコメントとフィードバック
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公開講座:異文化の視点から見る日本 (クールジャパン)の受講者からのコメントとフィードバック 2012年6月 5日 14:17 tsukuba  | 個別ページ

l  講義全体への感想

受講生A:

 本講義のテーマについて一日で長時間に亘り、色々の角度から現役の教授より講義を受け、大変感動し、又、今後の勉強の一助にしたいと思います。

<教員からのコメント>:

公開講座が生涯教育促進の一環になれば良いと考えます。(柴田講師)

 

一教員として、地域の皆様と研究の成果をもっと分かち合っていく必要があると思っています。(ベケシュ講師)

 

受講生B:

 今回の講座を受講する前に、自分なりにクールジャパンとは何なのかということについて考えをめぐらせていた中で、日本が海外に打ち出していきたい「クールジャパン」と、海外がとらえている「クールジャパン」はズレがあるのではないかという疑問がありました。そして今回受講して感じたのが、やはりズレがあるということです。海外の人々は、日本が思っているほどクールジャパンを大きく扱っていないように思います。日本では、「クールジャパンだ!日本はこんなところがすごい!」といって官民一体となってアピールしていますが、それがあまり効果的に海外に伝わっているようには思えません。今回の講座をもとに私なりに考えた結果、その原因は、「クールジャパン」の定義が曖昧であるということにあるという結論に至りました。

 「クールジャパン」とは何であるかということが日本人の中で統一の認識になっていないように思います。今、日本では、「クールジャパン」を国家レベルで打ち出していますが、その言葉の定義が曖昧であるが故に、推進戦略が中途半端になっているように思います。例えば、クールジャパンといった場合、マンガやアニメなどの現代のサブカルチャーのみを指すのか、それとも茶の湯や日本画など伝統的なものまでも含めるのか、そういったこともあまり明確になっていないような印象をテレビ等から受けます。その中途半端さを脱却するには、「クールジャパン」の定義を明確にするか、もしくは、何か別のもっと分かりやすい名称をつけるべきではないかと考えます。そうでないと、日本の文化は、正しく海外に伝わらないのではと考えます。今回の講座を通して、日本の文化の特徴や、今後日本がとっていくべき態度について、自分なりに考えを深めることができました。ありがとうございました。

<教員からのコメント>:

他国の国民が自国を高く評価している傾向があるのに対して、日本人が日本を比較的低く評価しています。日本には素晴らしいところがたくさんあることをこの講義を通して再発見できましたこと、大変嬉しく思います。(海後講師)

 

ご意見ありがとうございます。私自身は、「クールジャパン」を、自分の研究成果を日本社会の中で皆さんと考え直す一つの契機としてとらえました。私は歴史学、さらには外国の歴史を専門にしています。ですので、普段から日本文化の特徴、日本の良さという点を考え続けているわけではありません。しかし今回、モノの普及に焦点を当てて、自分の研究対象となるフィールドと日本を比較し、それぞれの特徴を知ることができました。「クールジャパン」という言葉を切り口に、私たちの住む社会、文化の良さとは何か、改めて考えてみる、そして世界にアピールできる特徴を言葉にして発信していく、そうした一連のプロセスを生みだす契機こそが重要かと思います。私たち一人一人が「クールジャパン」を創っていく、そうした方向性もあってよいのではないでしょうか。(塩谷講師)

 

今回の講座が「クールジャパン」の意味について真剣に考えて頂く機会となり、大変嬉しく思います。ただしその定義は難しく、むしろその曖昧さにいかにも日本文化らしさが出ていて良いのではないかとさえ感じます。国家レベルのプロジェクトとして一方向に全体進むという動きよりは、各々が考え感じる日本文化・社会の良さを各分野や各自が発信できれば良いと感じます。この点でも情報メディアの発達は大きく貢献できると思います。(柴田講師)

 

受講生C:

本学の職員ですが、先生方の専門のお話を聞くことがないので本講座を受講しました。5人の先生方が限られた時間の中でわかりやすくお話していただき、勉強になりました。ただ、どの先生ももう少し時間をかけてお話をききたいです。少なくとも2?3時間ずつお話をしていただくような講座にはならないでしょうか。

 政治や経済では日本の自信がなくなるようなニュースが続いて未来が暗いものと感じていましたが、先生方のお話を聞いて日本を見つめ直し、日本文化の良さを再発見することができました。ありがとうございました。

<教員からのコメント>:

時間的制限については講義担当者としても再考の余地があると感じました。1つのテーマで1時間はいかにも短く、来年度は担当者の数を減らし、1テーマ当たりの時間枠を広げることも検討できればと思います。(柴田講師)

 

今後の公開講座はオムニバス形式の他に、特定のテーマについてもう少し詳しく話していくことも考えていきたいです。(ベケシュ講師)

 

l  各テーマについて

1.     「木綿の歴史―シルクロードと日本を紡ぐ―」

受講生A:

余り知識がなかった中央アジアとロシアの南下政策についてご教授頂き改めてロシアの意図が理解できました。

<教員からのコメント>:

コメントをいただきありがとうございます。もう少し中央アジアの視点をご説明できれば良かったと思っています。もしご関心を持たれましたら、岩?一郎他編著『現代中央アジア論』(日本評論社、2004年)、小松久男編『中央ユーラシア史』(山川出版社、2000年)、そしてV. V. バルトリド『トルキスタン文化史1?2』(平凡社、2011年)をお手にとられてください。とくにバルトリドの著書第2巻は、ロシアの支配開始後の中央アジアにおける木綿栽培普及の実態を、同時代人の目から鮮明に描き出しています。(塩谷講師)

 

講義内容は分かりませんが、歴史を一部専門とする私としてはタイトルからいかにも興味が持てる講義かと思います。(柴田講師)

 

受講生D:

 木綿の歴史(特に産業としての)については理解が少しできたが、日本の木綿(あるいは木綿産業)と外国とのつながりがよくわからなかった。

<教員からのコメント>:

ご指摘いただきありがとうございます。日本の木綿工業発展の文明史的位置づけを行った川勝平太『日本文明と近代西洋―「鎖国」再考―』(日本放送協会、1991年)をお読みいただけるとよいかと思います。また専門書になりますが、高村直助『日本紡績業史序説上・下』(塙書房、1971年)が、川勝氏の議論の背景を知る上で最も重要な文献になります。私自身、またもう少し詳しくお話できる機会をいただけるとうれしいです。(塩谷講師)

 

2.     Cool Japan:異文化での日本文化享受?」

受講生A:

 特に「クール=オタク文化」への疑問点を指摘頂き、同感しました。文化は官製の押し付けではなく、自然発生を待つべきと思いました。

<教員からのコメント>:

同感です。(柴田講師)

 

仰るとおりです。官僚のお考えの押しつけでは、結局求心力を失っていく危険性があります。(海後講師)

 

受講生D:

ニュースやメディアで取り上げられている クールジャパンのイメージが再認識させられた。特に政府の「クールジャパン戦略」の方向性について考えさせられた。世界が求めている(価値を認めている)日本のイメージと日本(政府や企業)が発信しようとしている日本のイメージのギャップがあるのではないかもしれない。ローカルなものが普遍的価値を持つことの意味を感じた。

<教員からのコメント>:

クールという言葉を使うこと自体、いろいろな問題の根源であり、この講義を通して同感いただけて嬉しく思っております。(海後講師)

 

歴史的に見ても日本は外国、特に西洋諸国の価値観という鏡に照らして自らを認識するとよく言われますが、このクールジャパンもそうした「日本的伝統」のひとつの側面かと考えます。ただ西欧社会の中には、そうした認識の姿勢をある種冷めた目で捉える人々、特にインテリ層がいるのも事実だと思います。(柴田講師)

 

3.     「日本の教育から世界が学べること」

受講生A:

戦前の教育制度内容は正確に把握出来ましたが、時間に余裕があれば、「閉塞感ある」現在について、教育制度の見直し及び江戸時代の寺子屋制度の良さについてもお話し頂きたかった。

<教員からのコメント>:

近代国民教育制度の目覚ましい発展の土台には、既に江戸時代から認められていた日本社会の識字率の驚異的とも言える高さについてはお話しましたが、確かに時間があれば近代以前の日本の教育についてももっと触れたいと思います。(柴田講師)

 

受講生D:

教育の重要性を歴史の流れを通じて学ぶことができた。「教育こそが変革の力を持つ」ことを改めて痛感した。最近の社会状態は教育=知識教育に偏重しているように感じていたので、教育によって勤労や健康や社会規範を学ぶ、訓練する必要性が増していると思う。

 トイレ清掃について:昔の日本では(寺社等でも)清掃が修業(教育)の第一歩だったことを考えると、びっくりしたが、最近「トイレの神様」という歌が流行り、また忘れられた価値感(観)が見直されてきているのかなと思っている。

教育制度(内容)を見直さないと、本当の「国力」が低下していくのではとの危機感を感じました。

<教員からのコメント>:

講義でもお話したように、健康保険制度等、レッセフェール政策を貫く国がある一方、教育だけは国家が全く関与しない国はないとお話したように、どの近代国家も教育は国と社会の根幹だと捉えていることを考えると、Dの方と同感です。(柴田講師)

 

4.     「語学からみた開かれた日本」

受講生A:

 講師が指摘している様に今日の日本における若者は内向き、武者修行しない傾向があるので、本内容を更に社会に訴えたいと思います。

<教員からのコメント>:

実はこの現象は日本に限られているわけではなく、スロベニア・リュブリャーナ大学で教えていた頃も、'90年代の積極的な学生の後に、2005年以降、前に比べて留学にあまりセ極的でない世代が増えてきたようです。この、国際化(世界化!)が進んでいる世界では、広い視野を持つ積極的な人たちを育てなければなりません。筑波大学の場合、学生の目を世界に向かわせる一つの策として、筑波大学に既に来ている「世界」、即ち学生の約10%に及ぶ留学生とのより積極的な交流を図る様々な企画が実施されつつあります。(ベケシュ講師)

 

既に日本が豊かな経済大国となった後に育った世代の人々に、ある種そのような傾向があるのは理解できる一方で、経済的のみならず社会的、その他様々な意味で日本と同様、またそれよりも「豊か」だと思われる国や社会の若者が内向きかと問われると大きな疑問であるのは確かです。(柴田講師)

 

受講生D:

語学が単なるツールではなく、他者との相対化のために重要な役割を持つことを考えさせられた。また、自動翻訳が発達したとしても、言葉の背後にある文化、思想を考える、共有化することで他者への理解や共感を得ることができる。世界の平和や安定のために、日本語ができること、貢献できること、(eg. MOTTAINAI)日本の文化や思想を伝えていく努力をすること、同時に他者(他国、隣人)の文化や思想を理解し、共感していくことが大切だと思う。

<教員からのコメント>:

おっしゃるとおりだと思います。発信と受信のりょうほうが必要だと思います。日本では、「発信」が弱くなっているのはひょっとしたら、「受信」のあり方にも影響されているかもしれません。本当に必要なのは単なる自閉症的な「発信」と「受信」だけではなく、相互的な尊重・理解に基づいた関係性でしょう。(ベケシュ講師)

 

民間企業に勤務したことのある私はこの方と同感で、例えば「KAIZAN」などはその良い例かと思われます。日本という社会の中で人々がいかに共存し合っていけるかを考える上で重要な思想なり習慣であると考えます。(柴田講師)

 

5.     「情報の創発と多様な『場』―ロボット研究によってわかった日本文化の想像力と創造力―」

受講生A:

 漫然と映画を見ていた小生にとって本日の講義にて反省させられました。ただ講義内容について、日本人の良さ、特に過去からのDNA(いたわり、謙虚さ等)の見直しを触れられ、小生も同感するところであります。

<教員からのコメント>:

ともに見ることによる場の共有というテーマは奥深いものがあり、これからもさまざまな方向から考えていく必要があると思います。小津の映画をとりあげながら、学問の最先端のはなしをしたつもりです。それを理解してもらえてこちらも嬉しいです。(仲田講師)

 

日本人が良しとする謙虚さは時に必ずしも高い評価を受けるとは限らないグローバル社会において、日本人自身がその価値を再考することは大変時宜にかなったことだと考えます。(柴田講師)

 

受講生D:

とてもユニークな視点の日本文化論で、興味深かった。「身体」が先という考え方は実際の生活では実感できるものだと思う。特に小津安二郎の映画を切り口に説明してくれたり、実験映像が紹介されたので、とてもわかりやすかった。「共視」や「見つめること」の意味も深く考えさせられた。親の子供への「虐待」事件が多くなったのも、「見つめること」が少なくなって子の身体を自分の身体の一部として感じることがなくなってきているからかもしれないなどと連想しました。芸術論にも応用して、考えていきたいと思う。

<教員からのコメント>:

このテーマ自体が、日頃の授業の中で、学生といわば共視的体験などを共有しながら、だんだんと見えてきたものです。たんなる概念では見えないものを共有するというのは教える側にとっても貴重な体験です。私には見えないものが学生には見えているなどということに気がつくこともよくあります。(仲田講師)

 

私が研究上少し知るイギリスやドイツ社会でも子供の虐待は問題ですが、日本社会・文化固有の背景を探ることは大切かと考えます。その切り口として日本人の心に沁みるといわれる小津映画を用いるのはユニークなアプローチだと思います。(柴田講師)

 

受講生C:

 仲田先生のお話では、視覚が重要でしたが、他の感覚では、身体による知恵の創発に結びつかないのか、疑問に思いました。

<教員からのコメント>:

ラバーハンド錯視の部分やサルの身体図式の延長の部分でお話ししたように、視覚と触覚などの融合が重要なのだと思います。ただ、ミラーニューロンの場合は、視覚情報は他者の身体運動の意図なども同時に把握(目撃する側が)しているわけです。そうすると、視覚情報で何を見ているのかということも考えなくてはなりません。(仲田講師)


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